2016.06.17 06:30奥多摩旅行記 その5(全18回)第4章 プラットホームにトイレがあったので、奥多摩行きの列車に乗る前に寄って行こうと思ったが、乗り換え時間がわずかだったので諦めた。30分もすれば奥多摩駅に着いてしまうから、何とかなるだろう。 奥多摩行きの列車は4両編成だった。定刻通りに青梅駅を発車した。いかにもローカル線という長さの列車。中央線と同じ車両を使っているので、トイレはついていなかった。曲がりなりにも観光路線なのだから、休日ぐらいトイ...
2016.06.16 02:30奥多摩旅行記 その5(全18回) 八王子行きの列車が去ると、ホームドアのバーが静かに下降した。近未来的な光景だ。隣の線路に止まっていた回送列車の写真も撮影して、青梅線乗り場へと移動する。これから乗る列車の来る乗り場には、まだ立川行きの列車が止まっていた。それが去ると、向かいの乗り場には五日市線の武蔵五日市行きの列車がやって来た。ここを行き交う青梅線や五日市線の列車は、全て中央線と同じ形式のステンレス製の新しい電車だ。中央線系統の...
2016.06.15 02:30奥多摩旅行記 その4(全18回)第3章 Mさんはもう来ているだろうか?駅舎から待ち合わせ場所のコンビニが見えたけれど、Mさんの姿は見えなかった。だが、姿が見えなかっただけのようで、実際に行ってみると背が高くヒョロヒョロした感じの男性いた。Mさんだ。そちらに向かって手を振ったけれど、気がつかない。辺りの風景の撮影に熱中しているようで、僕がコンビニの前でタバコを吸い終えたところで、ようやく僕に気づいた。 口々に久しぶりと言いつつ、コ...
2016.06.14 04:18奥多摩旅行記 第3回(全18回) 列車は東村山駅を出ると、すぐに小さな川を渡る。空堀川という名前のこの川は、晴天が続くと季節を問わずに水が干上がってしまい、まるで砂利道のようになってしまう。まさに名は体を表す。この近くの団地の敷地内には、廃車になった西武電車の車体を利用した図書館もある。空堀川を渡ると、列車は同じ国分寺駅を基点としている西武多摩湖線の線路をくぐる。国分寺線も多摩湖線も、元は別の鉄道会社として成立したため、未だに交...
2016.06.13 05:02奥多摩旅行記 第2回(全18回)第2章 旅の当日になってもやっぱり風邪のままで、体調に不安がある旅立ちだった。 まずは所沢駅へ出るために自宅近くからバスに乗る。自宅のある辺りと所沢駅の間を行き来するバスは、清瀬駅から来る系統と東所沢駅から来る系統がある。もうすぐ清瀬駅からのバスが来るけれど、その前に東所沢駅のさらに先、志木駅南口からのバスが来た。この路線は本数が少なく、このバス停から乗ると座れるのは奇跡に近い。やって来た志木駅か...
2016.06.11 01:38奥多摩旅行記 第1回(全18回)1.プロローグ 2016年2月の終わりに、学生時代の先輩であるMさんと東京・奥多摩へ行くことになった。 Mさんと会うのは昨年6月以来。奥多摩へ行くのは、さて、いつ以来だろうか?祖父が他界した5年前か6年前に一人で行った記憶はあるけれど、それ以降の記憶が定かではない。僕にとっても、Mさんにとっても、久しぶりの奥多摩となる。 二年先輩のMさんとの付き合いは十年以上になる。アルバイトがきっかけで知り合っ...
2016.05.27 05:02大草原の歌 2(全2回)〈どうして……?〉 言葉が出なかった。何の巡り合わせだろうか?ただ驚くだけだった。それでも、ここであのひとに会えたことが、抱えていた自分の悩みや迷いを払いのける〝決定打〟となった。〈僕の好きな人は、目の前にいる!〉 そう思った時、あのひとは大きな翼を広げてまた空へと飛び立って行った。去り際にあのひとは一瞬だけ振り向いた。笑っていた。その笑顔が、矢のように僕の心に突き刺さった─── ガタンガタン、ガ...
2016.05.21 01:11大草原の歌 1(全2回) 僕は今、どこにいるか定かではない。目の前には草原が広がっていて、そこをあてもなく歩いているだけだ。どこまでも果てしなく続く大草原を、一人でトボトボと。 空は決して晴れているとは言えないし、かと言ってどんよりしているとも言えない。遠くにモクモクと立ち込めている雲が、まるで山脈のように見える。どこへ向かって歩いているというわけでもないけれど、その雲の山脈に向かっているような気分だ。 実を言うと、今い...
2016.05.20 01:12蜜柑 3(全3回) この後、僕達は別行動となってしまうのだろうか?向かいに座ってみかんをもらって、それでおしまいというのも何だか惜しい気がする。しかし、一期一会というのも何だか悪くないのかなとも思った。「おなか空いた……」 不意に彼女がつぶやいた。車窓からの風景を見ていて、無意識につぶやいてしまったらしい。ハッと気がついたように僕を見ると、途端に顔を赤らめた。「東京へ行くのなら、次の特急に乗るんですよね?立ち食いそ...
2016.05.19 06:15蜜柑 2(全3回) 窓の外に目をやると、田んぼは減って民家が増え始めていた。時間が気になり、腕時計に目を移す。二十分ほどで終点に着くようだった。それを意識した時、〝惜別〟という言葉が頭の中に浮かんだ。「あの……」 感傷的な気分になっていると、彼女が僕に声をかけた。彼女はどこか気恥ずかしそうな顔で僕にみかんを差し出している。「よかったらどうぞ」 僕はそのみかんをありがたく受け取ることにした。断る理由はどこにもなかった...
2016.05.17 01:09蜜柑 1(全3回) プワァーン…… 遠くから列車の警笛の音が聞こえてくる。小さなローカル駅に、二両つなぎのディーゼル列車がやって来た。ボックス席の並ぶ車内は、やや混み合っていた。運よく空いている一角を見つけた。どうせ後から向かいに誰かが座るだろうけれど、それまでは窓の外を見てぼんやりしていることにした。 列車の走るこの片田舎は、もうすぐ春を迎えようとしていた。季節と共に僕も人生も少し変えてみようと思い立ち、カバン一...
2016.05.16 06:02まっすぐ 2(全2回) モヤモヤした気分を抱きながら線路を覆う落ち葉を踏みしめる度に、だんだんと分かり始めてきたことがある。僕はただ、彼女に話しかけたいだけなのかも知れない。その理由を今は考えないことにした。考えても仕方がない。今は彼女に置いてけぼりにされないように歩くとで精一杯だった。 どういうわけだろうか。前を行くあの後ろ姿が、次第に愛おしく思えてきた。その理由をあれこれ考えるよりも、勇気を出すことの方が先だ。きっ...