大草原の歌 1(全2回)
僕は今、どこにいるか定かではない。目の前には草原が広がっていて、そこをあてもなく歩いているだけだ。どこまでも果てしなく続く大草原を、一人でトボトボと。
空は決して晴れているとは言えないし、かと言ってどんよりしているとも言えない。遠くにモクモクと立ち込めている雲が、まるで山脈のように見える。どこへ向かって歩いているというわけでもないけれど、その雲の山脈に向かっているような気分だ。
実を言うと、今いる場所のことだけではなく、僕がいつどこからこの大草原に来たかということも定かではない。気がついたらここを歩いていたと言うべきか。ここを歩いている目的もまた、定かではない。今はただ、きっと何かがあるのだろうなと思いつつ歩いている。
草の匂いをたっぷりと含んだ風が、一瞬、駆け抜けて行く。膝ぐらいの高さまである草が、サワサワと静かに音を立てて揺れる。風が吹いた時、ふと、切ない片恋の相手を思い出した。どうしてこのタイミングで思い出すのか、僕にもよく分からない。何となくだけれど、この大草原の先が果てしなくて見えないことと、この片恋の先も果てしなくて見えないことが重なって、あのひとを思い出したのかも知れない。あのひとに、急に会いたくなってしまった。
〈ここにあのひとがいたら……〉
この大草原に、終わりは見えない。ただただ、僕は一人でここを歩くだけ。それでも、不思議なことにこうして歩いていることが辛いとは思わない。それどころか、ワクワクしていた。行く先に答えがあるのだと思っているから。
だが、ワクワクした気分でいる反面で、ずっと悩んでいることがある。本当にあのひとを好きでいていいのだろうかという、どうしようもない悩みだった。他に気になる人ができてしまったと言えばそれまでだ。今、僕は二つの気持ちの板挟みになっていた。それでも、この大草原を歩き続けることは、どうしようもない悩みに対する答えを見出すことになるような気がしていた。だからこそ、歩き続ける。
また風が通り抜けて行く。サワサワと草が静かに音を奏でる。
〈きっと答えはここにある……!〉
その気持ちこそが、こうして僕を動かしていた。
歩き始めてからどれだけの時間が経ったかなんて、もう分からない。いずれにせよ、まだこの大草原に終わりは見えない。けれど、一つだけさっきと違う光景を見た。行く先に空からふわりと何かが舞い降りたのである。舞い降りた時の様子から、それが飛行機でもなければ、UFOでもないように思えた。翼があったので鳥のようだったけれど、それにしてはやけに大きかった。あれは一体何だろう?気になってそちらへ向かった。そして、僕は自分の目を疑った。そこに一人の女性が立っていたのである。白い服を着て、その背中には大きな翼。天使を絵に描いたような姿だった。それだけでも驚くべきことだったが、ショートヘアの印象的なその後ろ姿に見覚えがあった。あのひとだった。好きな人と言うべきか、あるいは好きだった人と言うべきか……
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