海の歌 2(全3回)

 次の駅が終点だった。ここも古びた駅舎のある小さな駅だ。プラットホームに降り立ち、まばらな人影と共に駅舎の中へと入って行く。その人影の中には、もちろん彼女もいた。

 天井から裸電球のぶら下がる駅舎の中を通り、駅前に出る。遠くから漂って来る潮風が心地よかった。その風がやって来た方向に海があるのだと思う。本当かどうか分からないけれど、そんな気がしたので、そっちへ行ってみることにした。

 細い路地が縦横無尽に走る街だった。少し歩くと坂道になった。その先に、青々とした海が見えた。その坂道を下ってみることにした。海をもっと近くで見たいし、何より、僕の前を彼女が歩いているから。まだその姿ははっきり見えるけれど、ほんの少しでも目を離すと見失ってしまいそうな、そんな距離だった。彼女が歩いているのは、どういう偶然だろうか?そんなことを考えながら僕も歩く。

 彼女に近づくこともなく、また、離れることもなく坂道を下って行く。ふっと彼女が立ち止まった。こちらを振り向く。微笑んでいた。

〔一緒に海を見よう〕

 そう言っているような笑顔。その背後で、陽光を浴びて海が輝いていた。きらびやかだった。

 また彼女は歩き始めた。僕も歩き始める。笑顔に呼び寄せられるように。本当は坂道を駆け下りて彼女に近づいて声をかけたかった。でも、それはできなかった。僕は彼女に近づいてはいけないような気がしてならなかった。

 一歩ずつ坂道を下って行く度に、海が近づいてくる。その先にある海を彼女と一緒に見た時、きっと何かが変わる。そんな気もしていた。それでも、あと一歩が踏み出せなかった。

 そうやって自分の中で誰にも見えぬ苦しみと戦っているうちに、坂道は終わっていた。たどり着いた先は漁港だった。ただ、活気はなく静まり返っており、漁船も、今日の操業はもう終わった様子だ。漁師の姿はあっても、漁の後片付けをしているという感じだった。太陽が西へ向かうには、まだ早い時間だったけれど。

 その光景を見つつ、僕は相変わらず彼女を気にして、つかず離れずで歩いていた。

〈どこへ行くのだろうか?〉

 彼女の後姿を見てそう思ったその時、彼女はその場に座った。長い堤防の上に、ふわりと何かが舞い降りるように。僕もさっきと変わらぬ距離のまま、その場にあぐらをかいて座る。不思議な距離感で僕達は堤防の上に座り、海を見ていた。

Kazu-Photo-Novel

主にKazuが撮影した写真と執筆した文章を載せています。 ゆっくりと楽しんでいってください。

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