蜜柑 3(全3回)

 この後、僕達は別行動となってしまうのだろうか?向かいに座ってみかんをもらって、それでおしまいというのも何だか惜しい気がする。しかし、一期一会というのも何だか悪くないのかなとも思った。

「おなか空いた……」

 不意に彼女がつぶやいた。車窓からの風景を見ていて、無意識につぶやいてしまったらしい。ハッと気がついたように僕を見ると、途端に顔を赤らめた。

「東京へ行くのなら、次の特急に乗るんですよね?立ち食いそばか駅弁でよければ……」

 僕が言うと、彼女は赤い頬のままゆっくりとうなずいた。食事の間だけでももう少し一緒にいられることになり、ホッとした。

 僕達を乗せたディーゼル列車は、次第に速度を下げていき、やがて終点の駅にたどり着いた。いかにも地方都市の本線とローカル線の接続駅という雰囲気の駅だった。列車のドアが開くと、続々と車内にいた人々がプラットホームへ出て行く。その流れに乗って、僕達も列車を降りた。近くの跨線橋を渡って本線のプラットホームへ行くと、ちょうどすぐ目の前に立ち食いそば屋があった。そばつゆのおいしそうな匂いが辺りに漂っている。僕は彼女が掘っ立て小屋のようなその立ち食いそば屋を、憧れているような目で見ているのを見逃さなかった。

「立ち食いそばでいいですか?」

 僕が訊くと、彼女は幸せそうな笑顔を浮かべてうなずいた。

 店先のメニューを見てみると、天ぷらそばがおいしそうだった。僕はそれを注文し、彼女はきつねそばを注文した。店のおばちゃんは手際よく麺をゆで、盛り付けて僕達の前にどんぶりを置く。

「わあー!私、立ち食いそばって初めてなんです!」

 彼女は本当に嬉しそうにそう言い、そばをすすり始めた。たった一杯のきつねそばを、こんなに幸せそうに食べている人を初めて見た。見ているこっちまで嬉しくなってしまいそうなほど。しかし、この食事の時間が終わってしまうと、彼女と別れてしまうことになるのかな。そう思うと、なぜか物悲しさを感じた。そんな気分で僕もそばをすする。

 僕がそばを食べ終えてから、彼女もそばを食べ終えた。どんぶりを返却口に置き、店を去る。僕の心境とは裏腹に、彼女はこの上なく幸せそうな顔をしている。

 特急列車が来るまで、あと五分ぐらい。僕達はさっきからずっと何かを話すわけでもなくベンチに座っていた。不意に彼女が口を開く。

「次の特急に乗るんですよね?」

「はい……」

「私、ユキといいます。よかったら、一緒に東京へ行きませんか……?」

 紅色の頬で、彼女は言う。

 東京に着いてから、とりあえず海が見たいと思っていた。彼女と一緒に見る海は、どんな海だろうか?

 プワアーン……

 とりとめもないことが頭の中に浮かんだその時、遠くから特急列車の奏でる警笛の音が聞こえてきた。その音は、何だか勇気を奮い立たせるほど力強いものだった

Kazu-Photo-Novel

主にKazuが撮影した写真と執筆した文章を載せています。 ゆっくりと楽しんでいってください。

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