蜜柑 2(全3回)
窓の外に目をやると、田んぼは減って民家が増え始めていた。時間が気になり、腕時計に目を移す。二十分ほどで終点に着くようだった。それを意識した時、〝惜別〟という言葉が頭の中に浮かんだ。
「あの……」
感傷的な気分になっていると、彼女が僕に声をかけた。彼女はどこか気恥ずかしそうな顔で僕にみかんを差し出している。
「よかったらどうぞ」
僕はそのみかんをありがたく受け取ることにした。断る理由はどこにもなかったし、何より、彼女の気恥ずかしそうなその顔を見たら、受け取らないわけにはいかなかった。みかんを受け取ると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
素敵な笑顔だなと思った。しかし、あまり人の顔はジロジロ見るものではない。それに窓の外の風景をもう少しよく見ておこうと思った。受け取ったみかんの皮をむきながら表の風景を見ると、さっきよりも民家が増えていた。終点は近づいているようだ。
「はあ……」
特に意味のないため息をついてしまった。
「ふふ……」
彼女が小さく笑った。
「随分と大きなため息だなと思いましてね」
笑いをこらえきれない様子で彼女が言う。何だか今度はこっちが気恥ずかしくなってきてしまった。
それから彼女はしばらくニコニコしながらみかんを食べていた。どこへ行くのかとか、訊いてみたいことはたくさんある。しかし、見ず知らずの人にそんなことを訊かれても困るだろうから、僕も黙ってみかんを頬張っていた。
ガタンガタン、ガタンガタン……
談笑を交わす周囲の声の中に、規則正しいリズムが刻まれる。もう一度腕時計に目をやると、終点まであといくらもかからないということが分かった。これで全てと別れることになるのだなと思ったその時だった。
「どちらへ行かれるんですか?」
彼女が僕に訊いた。
「東京の方へ……」
あまりに急な話だったので、それしか言えなかった。彼女は答えを聞くと、また嬉しそうにニコッと笑った。
「私もです!」
彼女が明るい声でそう言った時、車内に案内放送が流れた。もうすぐ終点に着くようだった。その案内放送によれば、三十分ほどの待ち時間で特急列車との接続があるようだ。少し待つようだけれど、特急列車との接続があってよかった。
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