蜜柑 1(全3回)
プワァーン……
遠くから列車の警笛の音が聞こえてくる。小さなローカル駅に、二両つなぎのディーゼル列車がやって来た。ボックス席の並ぶ車内は、やや混み合っていた。運よく空いている一角を見つけた。どうせ後から向かいに誰かが座るだろうけれど、それまでは窓の外を見てぼんやりしていることにした。
列車の走るこの片田舎は、もうすぐ春を迎えようとしていた。季節と共に僕も人生も少し変えてみようと思い立ち、カバン一つで家を出て、この列車に揺られている。片道切符しか買っていない。二度と戻らぬ旅路のつもりだ。
ガタンガタン、ガタンガタン……
話し相手もいない旅路。列車の走る音だけが、僕に語りかけてくる。
ずっと周りの言いなりで、何一つ自分で決めたことをしない人生だった。そんな生き方をしているうちに、気がつけばもう三十路を歩んでいた。
〈何か一つぐらい自分で決めないと〉
列車に揺られているのは、そう思ったことがきっかけだった。
窓の外は田んぼばかりだ。この風景を見るのも、これが最後になる。いつもならば何も感じない風景に、後ろ髪を引かれそうになった。
列車の終点で本線に乗り換えれば、東京へ行ける。山に囲まれた場所で生まれ育ったので、遠くへ行こうとすると海が見たいという気持ちになってしまう。いずれにせよ、細かいことは東京まで行ってから考えよう。
列車内に、次の駅への到着を告げる案内放送が流れた。列車は速度を下げ、小さな駅へゆっくりと入って行く。僕がこの列車に乗った駅よりも小さい駅。駅舎はなく、短いプラットホームに小さな待合室があるだけの無人駅だった。こんな駅で、誰か乗り降りするのだろうか?
再び列車が動き出した頃、一人の若い女性がデッキから出て来た。今の駅から乗って来たのだろうか?やや季節外れという感じがする厚手のグレーのコートを身にまとい、僕と同じようにカバンが一つという出で立ちだった。空席を探しているのか、あるいは誰かを探しているのか、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。だんだんこちらへ近づいて来て、僕の座っている辺りで立ち止まると、
「ここ、いいですか?」
と、僕に訊いた。
「どうぞ……」
僕が答えると、彼女はニコッと笑い、軽く頭を下げて向かいの席に座った。彼女は僕よりもだいぶ若いようで、薄化粧をしており、それがよく似合っていた。髪はそれほど長くないけれど、毛先の辺りが茶色く染められている。今時の女の子という感じだ。
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