海に降る雪 2(全3回)

 遠くから、ディーゼルカーの音が聞こえてきた。考え事をしているうちに、もう三十分が経っていたようだ。プラットホームに出ると、さっき去って行った列車と同じく、オレンジ色のディーゼルカーがやって来た。開いたドアからディーゼルカーに乗る。すぐに列車はエンジンをうならせて動き出した。その音は、まるで雷鳴のようだった。ボックス席の並ぶ車内には、誰も乗っていなかった。そう思ったけれど、目を凝らして前の方をよく見ると、一人だけ誰かが乗っているようだった。それでも、別に誰が乗っていたって構わない。僕にはもう関係のない話だ。僕はこのディーゼルカーに揺られて、海という死に場所に向かっているだけなのだから……

 心残りがあるとすれば、最後に缶ビールの一缶でも飲みたかったことぐらいだろうか。流れる景色をぼんやりと眺めながら、そう思った。海はまだ遠いようだ。ただただ、分厚い雲に覆われた空と、その下に広がる田んぼを無気力に眺めているだけだった。

 どれぐらいの間、そうしていただろうか。誰かが向かいの席にドスンと音を立てて座った。それに気づいて表の景色から目を移す。茶色いロングヘアの女性がそこにいた。多分、前の方に乗っていた人だろう。彼女は何も言わず、手に持っていた缶ビールを僕に寄越す。飲めということだろうか?わけも分からず受け取ってしまった。よく分からないけれど、ふたを開けて一口飲んだ。思いがけず飲めた人生最後のビールは、いつもより苦かった。ぼんやりと缶を眺めていると、やおら彼女は手を伸ばし、僕の手から缶を奪い取った。そして、何もためらわずにビールを一口飲むと、また僕に差し出す。どうしていいか分からず、さっきとは違う心境で缶を眺めていた。そうしているうちに、

「死のうと思ってたでしょ」

 と、いきなり彼女は言った。僕の心を見透かすような、そんな眼差しで。僕は何も答えられなかった。

「そうだと思った……」

 僕が答えを出す前に彼女はそう言って、小さく静かに笑った。やっぱり何も言えなかった。それから僕達は、何も言わなかった。

 ディーゼルエンジンの音だけが車内に響く。やがて、軽快に走っていた列車の速度が下がってきた。駅に着くようだ。

「行くよ……」

 彼女はつぶやくように言い、ゆっくりと立ち上がった。よく分からないけれど、そう言われたので僕も立ち上がる。二人でデッキへ行き、列車が止まるのを待つ。窓から見える空は、相変わらず鉛色だった。

Kazu-Photo-Novel

主にKazuが撮影した写真と執筆した文章を載せています。 ゆっくりと楽しんでいってください。

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