海に降る雪 1(全3回)
小さなローカル駅から、一両のディーゼルカーが去って行った。それに乗ろうかどうしようか悩んでいるうちに、ガラガラとエンジン音を残して、去って行ってしまった。次の列車までの待ち時間は、三十分といったところだ。たったそれだけの時間だけれど、今の僕には果てしなく長く感じた。それぐらい、全てがどうにもならなかった。
いつだってそうだった。
話しかけたい人に話しかけられず、そうこうしているうちにその人は僕の目の前から去って行った。やっぱり、その時も話しかけていいものかと迷っていた。チャンスはいくらでもあった。それなのに、迷っている自分がその機会を潰してしまった。全てがその繰り返し。そんな自分を変えたくて、捨てたくて、忘れたくて、それで遠くへ来てみた。それでも結局、また同じことを繰り返している自分に気づかされる。
誰もいないプラットホーム。その片隅に吸い殻入れがあった。そこでタバコを吸う。いくら煙を深く吸い込み、大きく吐き出したところで心のモヤモヤまで出て行くことはなかった。
〈煙と一緒に、モヤモヤした気分も吐き出せたらな……〉
吸い終わったタバコの火を吸い殻入れに押しつけて消しながら、そう思った。
冷たい風が吹いている。あまりプラットホームにいるものではないなと思って駅舎の中に入る。隅に小さなベンチがあった。そこに座る。ここも寒いことに変わりはなかったけれど、ずっとプラットホームにいるよりはよかった。窓の外を見ると、空は鉛のような色をしていた。もしそこから何かが降って来るとしたら、間違いなく雪だろう。
ベンチに座ってぼんやりしていると、去って行った人のことを突発的に思い出した。理由は分からないけれど、その引き金になるものがあるとしたら、あの空かも知れない。その人を初めて見た時も、空はあんな色をしていた。ただ、その時は夏だったので、降って来たものは雨だった。何もできないうちに、夢が夢のまま終わってしまい、そして、雪が降るような季節になってしまった。
情けない───
最初はその一言しかなかった。しかし、あれこれ考え事をしているうちに、だんだんいろいろな感情が湧き上がって来た。何もできなかった自分への悔しさとか、恨みとか……。全てがネガティブなものばかりだった。考えることをやめようと思っても、考えがとまることはなかった。
顔を上げると、沿線の名所なども書かれた路線図が目に入った。誰もいない切符売り場の上に、忘れ去られたように掲げられていた。それを見ると、どうやらこの路線は海へ続くようだった。何も考えずに家を出て列車に飛び乗り、ここまで来てしまった。どうせ行き先なんてない。海へ行こう。海へ行って、そのまま身を投げてしまおう。もう失うものもないし、思い残すことだって何もないのだから。そう思ったら、何だか気が楽になった。
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