まっすぐ 1(全2回)
目の前に古びた線路があった。レールはすっかり黒く錆びついている。枕木は朽ち果ててなくなって、それはレールの敷かれた砂利道だった。どこまでもまっすぐ続く線路。果たしてどこまで続いているか分からないけれど、たどって歩いてみることにした。
有名な古い外国の映画を思わせる風景の中を、トボトボと歩く。広々とした原っぱを行く線路は、いくら歩いても終点にたどり着く様子はない。そのうちに、遠くに森が見えてきた。線路はその中に続いている。理由はないけれど、そこに何かがあるような気がした。僕の足は、線路と共に森の中へと向かう。だんだんと森が近づいてくる。ワクワクした気持ちになる。足取りも自然と速くなる。森に入ってみると、そこは別世界だった。
木漏れ日の差す緑の中、落ち葉に埋もれた古い線路が途切れることなく続いている。出口が見えないほど遠くまで。
その先に、ポツリと一人の女性が立っていた。若い人であることは確かなのだろうけれど、向こうを向いて立っているので、どんな顔か分からない。うなじの辺りで一つに結んだ長い黒髪と、身にまとった厚手の白いコートが印象的だった。周りの風景だけでも別世界なのに、彼女がさらに何か不思議な空気を生み出していた。
〈あの人は、何をやっているのだろう?〉
そう思ったその時、彼女はフッとこちらを振り返った。目が合う。ふわりとした笑顔を浮かべた。柔らかく、それでいて温かい笑顔だった。僕はその笑顔に釘付けになった。これまでの人生の中で、たくさんの人に会い、話してきた分だけ、笑顔もたくさん見てきたつもりだ。だけれど、一度だってあんな笑顔を見たことはなかった。言葉にできない不思議な気持ちになった。
彼女はまたゆっくりと向こうを向くと、軽やかな足取りで歩き始めた。ゆらりと舞い上がるような、そんな足取りだった。それに引き寄せられるように僕も歩く。どういうわけか、ここで彼女に追いつけなかったら一生後悔するような気がした。それなのに、待ってくれという言葉が、出そうで出ない。ただ彼女に近づけそうで近づけない距離のまま歩くだけで精一杯だった。
どれだけ歩いただろうか。一歩ずつ歩くごとに、森の木々が多く、深くなってくる。神聖な空気が漂う中、どこまでも線路が続いている。いつもならば、ここにどんな列車が走っていたのだろうかと考えていただろう。しかし、今はそんな余裕なんてなかった。
相変わらず、彼女に追いつけそうで追いつけない。難しいことなんてない。僕がもう少し早く歩けばいいだけ。なぜそれができないのか?僕はもどかしさの中にいた。ほんの少し、僕が勇気を出せばいいだけなのに……
そうやって歩いているうちに、もどかしさは、少しずつ悔しさに変わろうとしていた。この気持ちを、どうやって解放するべきか?考えるべきことがまた増えた。そしてもう一つ。僕は彼女に何を求めているのだろうか?それさえ分からぬまま、彼女の後ろを歩いていた。
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