夕焼けの駅 3(全3回)
カンカンカンカンカン……
夕陽の色をした空に包まれた静寂の中で、踏切の警報機の音が無機質で単調なリズムを刻む。夕焼け空の方角から、ヘッドライトを眩しく輝かせて次の下り列車がやって来た。ガタゴトと音を立てて。この列車が、あのターミナル駅を十五時二十分に出る列車だ。あのひとは、乗っているだろうか……?
視界がふわりと銀色の車体で埋め尽くされる。列車が止まり、ゆっくりとドアが開く。ほんの少しだけ、胸が高鳴る。しかし、目の前のドアからも、その両隣のドアからも、誰も降りて来なかった。呆然としている僕をよそにドアが閉まり、無情にも列車はガタゴトと音を立てて去って行く。
〔空振り三振〕
次第に小さくなって行く列車の影を見ていると、どういうわけだかそんな言葉が頭の中に浮かんだ。テールライトの赤い光だけが、影の中にはっきりと見えていた。
列車の影が見えなくなり、テールライトの光さえも見えなくなると、もうそこには夕焼けに見守られた小さな駅と、それらを包む空虚な静寂だけしかなかった。その中に、僕だけ一人、ポツリとたたずんでいる。まるで全てから取り残されたように。
〈次の列車で帰ろう……〉
ため息交じりにそう決心した時、駅舎の方から漂うようにしてゆらりと小さな人影が現れた。
あのひと───
何の前触れもなく現れたあのひとは、ゆっくりした足取りでこちらにやって来る。しかし、その表情はあの明るい夕焼け空とは正反対の、曇天模様という感じだった。その曇り空からは、今にも大粒の雨が降り出しそうだった。
今の僕の感情を司るものが、自分でも何かは分からない。あのひとへの〝好奇心〟なのか。はたまた、あのひとへの〝恋心〟なのか。ずっとそれが分からないまま、今日までの日々を意味もなく生きてしまった。しかし、次の一瞬に、多分、ずっと求めていた答えがあった。
分厚い雲に覆われていた曇り空が晴れた。あのひとは、僕の姿を見て、パッと笑顔を浮かべたような気がした。初めて見たあのひとの笑顔だった。それは、いつも無意味にやって来る朝焼けよりも、あるいは、あのひとの背後にそびえ立つ夕焼けよりも眩しく、そして美しいものだった。
僕の心臓が、忙しくなり始めた。その鼓動の速さが、全ての答えだった。
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