夕焼けの駅 2(全3回)

 あのひとは長い黒髪が印象的な、少し背の低い女性だった。緑色のシートに身を委ね、列車の中で泣いていた。声も出さず、ただうつむいて。何の気なしにその様子を眺めていた。列車が大きな川を渡る辺りで、あのひとは、ふっと顔を上げた。その瞬間、ポツリと一滴の涙が落ちた。それはほんの一瞬だった。けれど、その一瞬の夕陽を包み込んだ涙が、忘れられなかった。どうしてかなんて、僕にもよく分からない。しかし、あの一瞬は強烈な印象として僕の心に突き刺さり、今でも抜そのままでいる。

 たまに長谷川という飲んだくれの知人に付き合わされ、とあるターミナル駅の近くにある大衆居酒屋で昼酒を飲むことがある。たまにと言っても、週に一度のペースだろうか。あのひとの存在に気づいたのも、長谷川との昼酒の帰りだった。ターミナル駅を、十五時二十分に発車する列車でのことである。

 長谷川はいつも、〝昼飯〟という名目で僕を誘う。彼にしてみれば、あくまで名目はそれらしく、それほど遅い時間まで長引かないし、深酒もしない。十五時になれば彼との一席も終わってしまう。お互いにほろ酔い気分で店を出て、後は帰って寝るだけ。帰る方角はそれぞれだが、自宅の最寄り駅まで乗る列車の時間は共に決まっている。僕はいつもターミナル駅を十五時二十分に発車する列車に乗っている。

 あのひともまた、毎日というわけでもないようだけれど、見かける時はいつもあのターミナル駅を十五時二十分に出る列車に乗っている。そして、見かける時は必ず理由の見えない涙を流している。それがたった一回だけなら、失恋だとか、親が死んだとか、そういう想像がつく。しかし、泣いているのはたった一回ではない。そうやってそんなあのひとの様子を見ているうちに、いつしか僕はあのひとの可憐さだけではなく、涙の理由にも惹かれていた───

 あのひとはいつも、僕が降りる一つ手前の駅で列車を降りていた。時間がある時に、僕はあのひとが降りる駅でぼんやりしていることがある。それが今の僕だ。もしかしたら今の僕が〝待っていること〟は、何か犯罪じみたものなのかも知れない。しかし、それは、一般論である。この感情は、その一般論を超えた〝何か〟があるように思える。その〝何か〟とは一体何なのか。単なる〝好奇心〟なのか。それとも、自分にも見えぬ〝恋心〟か。問われても、今の僕には答えを出せそうになかった。いくら考えても、自分を納得させる答えが出せないのである。

 あのひとのあの涙を初めて見てから、果たしてどれだけの夕焼けが無意味に星空へと変わり、果たしてどれだけの星空が無意味に朝焼けへと変わっていっただろうか?今日もまたこうして、都会のローカル駅で意味もなくぼんやりしている。多分、来ないであろうあのひとを待ちながら。

Kazu-Photo-Novel

主にKazuが撮影した写真と執筆した文章を載せています。 ゆっくりと楽しんでいってください。

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